東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)88号 判決 1984年9月05日
原告
デベロ工業株式会社
被告
特許庁長官
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1当事者の求めた裁判
1 原告は、「特許庁が昭和59年2月2日に同庁昭和57年審判第2529号訂正審判事件についてした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めた。
2 被告は、主文同旨の判決を求めた。
第2原告主張の請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、登録第1140105号実用新案(昭和46年7月27日登録出願。昭和50年11月6日実公昭50―38287号として出願公告、昭和51年8月24日設定登録、考案の名称「浴槽」。以下「本件実用新案」という。)の実用新案権を有していたものであるが、昭和57年2月10日、特許庁に対し、本件実用新案につき、実用新案法第39条により訂正審判の請求をしたところ、特許庁は、これを同庁同年審判第2529号事件として審理した上、昭和59年2月2日、「本件審判の請求を却下する。」との審決をし、その審決謄本は、同月29日、原告に送達された。
2 審決の理由
本件審判請求の対象物である本件実用新案の登録は、別件である昭和53年審判第14917号(審決日、昭和56年1月28日)において無効とするという審決がなされ、その審決は、東京高等裁判所の昭和56年行(ケ)第85号判決(判決言渡日、昭和58年3月23日)及び最高裁判所第一小法廷の昭和58年行(ツ)第59号判決(判決言渡日、昭和58年11月10日)によっても取消されることなく確定した。
そして、前記審決の確定によつて、本件実用新案の実用新案権は実用新案法第41条で準用する特許法第125条の規定によつて初めから存在しなかつたものとみなされ、したがつて、本件訂正審判請求は、その請求の対象物がない不適法な請求に帰し、その補正をすることができないものであるから、実用新案法第41条で準用する特許法第135条の規定によつて却下すべきものとする。
3 審決を取消すべき事由
1 本件実用新案の登録を無効とする審決が、前記審決の理由に記載された経緯により、昭和58年11月10日最高裁判所の判決言渡によつて確定したことは認める。
しかしながら、本件訂正審判の請求は、上記審決の確定よりも前の昭和57年2月12日になされたものである。このように登録を無効とすべき審決の確定前に適法になされた訂正審判の請求が、その後の審決の確定により、「その請求の対象物がない不適法な請求に帰」するというのは、法の解釈を誤つたものであり、違法なものとして取消されるべきである。
2 訂正審判の請求と無効審決との関係については、実用新案法第39条第4項ただし書に規定されているが、この規定は、無効審決の確定後は新たに訂正審判を請求することができないというにすぎず、無効審決の確定によつてそれより前にすでになされている訂正審判の請求の利益を失わしめる趣旨のものではない。(東京高等裁判所昭和56年11月5日判決)
3 その理由は次の通りである。
(1) 訂正審判の制度は、実用新案登録請求の範囲の減縮などによつて、登録実用新案が本来有効として存続しうる部分も含めて全体として無効とされるのを避けるため、実用新案権者に対し、実用新案登録出願の願書に添付した明細書又は図面を訂正審判請求書添付の訂正した明細書又は図面に置き換える機会を与えることに実質的意義がある。
このため、願書に添付した明細書又は図面の訂正をすべき旨の審決が確定したときは、その訂正後における明細書又は図面により実用新案登録出願、出願公告、出願公開、登録をすべき旨の査定又は審決及び実用新案権設定の登録がなされたものとみなされる。(実用新案法第41条、特許法第128条)
これによつて、原則的に出願時点における事由を請求の理由とする無効審判請求の攻撃から、減縮されもしくは明瞭にされた実用新案登録請求の範囲における考案を防禦し、この部分も含めて全体として「はじめから存在しなかつたものとみな」されること(実用新案法第41条、特許法第125条)から避けうるのである。
(2) このように、訂正審判は無効審判に対する防禦手段であり、また、訂正審判の審決の結果により実用新案登録請求の範囲の記載が遡及的に変わるので、従前の登録請求の範囲を前提とする無効審決は覆えることになる。
それにも拘わらず、訂正審判手続と無効審判手続とは別個独立の手続として審理され、それらが同時に係属する場合にも、それらの審決の取消請求事件を含めて、いずれを先に審理するかは、専ら審判官の合議体や裁判所の裁量にまかされていて、訂正審判もしくはその審決の取消請求事件の審理がなされないうちは、無効審判の審決を確定させないような制度的な保証はない。(特許協力条約に基づく国際出願に係る特例としての実用新案法第48条の12第3項が準用する特許法第184条の15第2項参照)
そのために、先に無効審決が確定する場合がありうるが、その場合にも、その後に訂正を認める旨の審決が確定したときには、その訂正の効果を出願時まで遡及させることが、前記訂正審判制度の趣旨に合致するものというべきである。
(3) ゆえに、訂正を認める審決が確定したときは、実用新案登録を無効とした審決の取消請求訴訟においてこれを是認した確定判決には、基礎となつた行政処分が後の行政処分により変更されたものとして、民事訴訟法第420条第1項第8号所定の再審事由が存するというべきであり、これに基づき再審の申立をする法律上の利益は訂正審判請求人から奪われてはならない。
(4) 被告が引用する最高裁判所第3小法廷昭和59年4月24日判決に示された意見は、最高裁判所第1小法廷が昭和58年3月に言渡した2つの判決中に示された法令の解釈に反するものであり、到底承服できないものである。
すなわち、最高裁判所第1小法廷は、実用新案登録を無効とする旨の審決の取消訴訟事件の請求棄却の高裁判決に対する上告事件につき、昭和58年3月3日、上告を棄却する旨の判決を言渡し、その理由の中で、「将来訂正審判に対する審決の確定によつて再審事由が生ずる可能性がある……」と述べている。また、同小法廷は、昭和58年3月17日に言渡した判決においても、全く同様な法令の解釈に関する意見を示している。これらの判決に示された同小法廷の意見は、簡潔ではあるが、実用新案法第39条第4項ただし書についての原告の前記主張を支持するものと解さざるをえない。
第3請求の原因に対する被告の認否及び主張
1 請求の原因1及び2の各事実は認める。
2 同3の審決を取消すべきものとする主張は争う。審決の認定ないし判断は正当であり、審決には原告主張のような違法の点はない。
原告が引用する東京高等裁判所昭和56年11月5日判決は最高裁判所第3小法廷昭和59年4月24日判決によつて破棄され、上記最高裁判所判決はその理由中で本件審決の理由と同趣旨の判断を示している。
したがつて、審決に違法の点はなく、審決を取消すべきいわれはない。
第4証拠関係
当事者双方の書証の提出及びその認否は、訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
理由
1 原告主張の請求の原因1及び2の各事実(特許庁における手続の経緯及び審決の理由)並びに本件実用新案の登録を無効とする審決が審決の理由記載の経過で確定をしたことについては、当事者間に争いがない。
2 そこで、審決取消事由の存否について検討する。
実用新案権者が実用新案法第39条第1項の規定に基づいて請求した訂正審判、すなわち実用新案登録出願の願書に添附した明細書又は図面を訂正することについての審判の係属中に、当該実用新案登録を無効にする審決が確定した場合は、同法第41条によつて準用される特許法第125条の規定により、同条ただし書にあたるときでない限り、実用新案権は初めから存在しなかつたものとみなされ、もはや願書に添附した明細書又は図面を訂正する余地はないものとなるというほかはないのであつて、訂正審判の請求はその目的を失い不適法になると解するのが相当である。したがつて、実用新案法第39条第4項ただし書の規定は、無効審決が確定した後に新たに訂正審判の請求をする場合にその適用があるのはもとより、実用新案権者の請求した訂正審判の係属中に無効審決が確定した場合であつてもその適用が排除されるものではないというべきである(被告引用の最高裁判所第3小法廷判決参照)。
原告は、これに反し、上記実用新案法第39条第4項ただし書の規定は、無効審判の確定後は新たに訂正審判を請求することができないというにすぎず、無効審決の確定によつてそれより前にすでになされている訂正審判の請求の利益を失わしめる趣旨のものではない旨主張する。しかし、同法第39条第4項本文の規定は、同法第37条第2項の規定が、存続期間の満了等によつて消滅し現在においては権利として存続していないが過去において有効に存在するものとされていた実用新案権に対する無効審判の請求を許すこととしているのに対応して、実用新案権者に対し、上記のようにすでに消滅したが過去において有効に存在するものとされていた実用新案権について、無効審判の請求に対する対抗手段としての機能を有する訂正審判の請求を許すこととしたものである。これに対し、同法第39条第4項ただし書の規定は、実用新案登録を無効にする審決の確定により実用新案権が初めから存在しなかつたものとみなされる場合には訂正審判の請求はその目的を失うので、このような場合について訂正審判の請求を許さないことを明らかにしたものと解すべきである。したがつて、上記ただし書の規定の適用につき、訂正審判の請求が無効審決の確定前になされた場合をその後になされた場合と区別する理由はないから、原告の上記主張は採用することができない。(なお、原告が引用する最高裁判所第一小法廷の各判決は、無効審決の取消請求を棄却した原判決に対する上告事件につき、将来訂正を認める審決がなされることによつて、上告裁判所による原判決破棄の理由となる再審事由が生ずる可能性に言及したにすぎず、原告の上記主張を支持するものではない。)
してみれば、本件訂正審判の請求を不適法とし、その補正をすることができないものとして却下した審決に誤りはないといわなければならない。
3 よつて、審決の取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
(瀧川叡一 楠賢二 牧野利秋)